定性調査としてのアンケート。
前回の「UXリサーチ入門 #01」では、UXリサーチの意味とアンケート・インタビュー・エスノグラフィの三つの調査手法の概要について触れましたが、ここからは各調査手法の詳細と、組み合わせた活用方法について解説していきます。
アンケート(Enquete)は、一括質問形式により回答データを収集する調査手法です。多人数に対して実施可能なため、マーケティングリサーチでは定量調査(Quantitative Survey)に位置付けられ「どのくらい満足したか」などの量的データ(Quantitative Data)を重視します。 一方で、UXリサーチでは定性調査(Qualitative Survey)としての位置付けが強く「なぜ満足したのか」などの質的データ(Qualitative Data)を重視する傾向にあります。
もちろん、定量調査を目的にアンケートを実施することはありますが、ユーザー行動の定量的な把握には、店舗での購買履歴やウェブサイトのアクセスログなどの行動データ(Behavior Data)を活用できるケースが増えてきているため、アンケートは補完的な役割を担います。
具体的には、企業が利用可能な行動データはファーストパーティーデータ(First Party Data)と呼ばれる自社保有のデータが中心となるため、もともとその企業へのロイヤルティが高い顧客に偏る傾向があります。また、SNSの公式アカウントや百貨店に出店している直営店など、自社で運営しているものの、プラットフォーマーやデベロッパーが行動データを保有しているため利用が難しい場合も多くあります。
「データ流通って?」でも触れたとおり、セカンドパーティーデータ(Second Party Data)やサードパーティーデータ(Third Party Data)と呼ばれる他社保有のデータによりそれを補完する取り組みも行われてきてはいますが、利用したいデータがうまく手に入るとは限りません。そこで、アンケートが有効な手段となります。
とはいえ、UXリサーチにおける定量調査の中心は行動データ分析であり、アンケートは定性調査の役割を担うことが多いといえます。定性調査としてのアンケートの実施目的には大きく二つあります。ひとつは、インタビューの事前のスクリーニング調査で、実施時期はインタビュー実査の直前となります。もうひとつは、行動データ分析の補完としての行動に至った思考の事後把握で、実施時期はその行動の直後となります。ちなみに、行動データ分析であるデータエスノグラフィとデプスインタビューを組み合わせた調査では、この二つの目的を同時に満たすアンケートを実施することになります。これらについては後述します。
なお、アンケート実査の実務については「マーケティングリサーチとデータ分析の基本」など他の文献に詳しいのでここでは触れません。
思考を理解するデプスインタビュー。
インタビュー(Interview)は、モデレーターがモニターに対して順次質問する対話形式により、要求・意見・思考などを引き出す調査手法です。アンケートとは違い、回答内容に応じて臨機応変に質問内容の追加や変更が可能です。ただし、少人数での実施が前提となるため、当然ながら定量調査には向きません。
マーケティングリサーチではモデレーターと複数のモニターで行うグループインタビュー(Group Interview)をよく用いますが、それはグループダイナミクスを期待してのことです。グループダイナミクス(Group Dynamics)とは、人の行動や思考は集団から影響を受け、また集団に対しても影響を与えるという集団特性のことで、ここではモニター同士が互いの意見に影響を受けることでグループ全体が活性化し、より多様な意見を引き出す効果が期待されます。逆に、一部のモニターがオピニオンリーダーとなって同調意識が働く危険性もあるため、モデレーターのコントロールが重要となります。
一方で、UXリサーチではモデレーターとモニターの一対一で行うデプスインタビュー(Depth Interview)をよく用います。「UXリサーチ入門 #01」でも触れたとおり、ユーザーの行動や体験の実態把握、またそれに至る思考の理解を目的とするため、深掘りして聞くには一対一が向いているからです。
インタビュー実査の実務についても「マーケティングリサーチとデータ分析の基本」など他の文献に詳しいのでここでは触れませんが、UXリサーチにおけるデプスインタビューの調査設計や進行での三つのポイントを紹介しておきます。
- 意見ではなく、思考を聞く
- なぜではなく、どのようにと聞く
- 何をよりも、誰に聞くか
繰り返しになりますが、マーケティングリサーチでは意見(Opinion)の獲得が主な目的ですが、UXリサーチでは思考(Thinking)の理解が主な目的になります。インタビューの中で意見を獲得したい衝動も起こりますが、そうだとして「このサービスの改善点はどこか?」や「どんな機能があれば便利だと思うか?」などを聞いても、専門家ではないのでうまく発案や言語化ができない可能性が高いです。また、中には専門家なみに意見を述べるモニターもいますが、あくまでいちユーザーとしての意見でしかなく代表性がない一方で、ユーザーの意見として必要以上に重く受け止めてしまい、客観的な意思決定を妨げる危険性もあります。意見を求めるならば、マーケティングリサーチとして定量的に行う必要があります。
また、行動に至る思考を理解する上で気をつけたいのが「なぜ」かの理由を直接聞かないようにすることです。多くの行動の原因はひとつではなく複数が絡み合っていますが「なぜ」と問われると原因と結果を一対一に結びつけて回答してしまうからです。例えば「なぜその服を買ったのですか?」と聞くと、最終的に買うと意思決定した「値段が手頃だったから」という原因のみが結びつけられ、そこに至るまでの「かわいい」や「着心地がよさそう」などの思考の情報が失われてしまいます。そこで「その服を見てどう感じたかの印象を教えてください」と聞くと、行動に至る思考のプロセスを聞き出すことができます。つまりなぜ(Why)ではなく、どのように(How)と聞くわけです。
誰に聞くのか。
インタビューでもうひとつ重要なのが、何を(What)よりも、誰に(Whom)聞くかということです。もちろん何を聞くかは重要ですが、アンケートと違って聞ける人数が少ないため、得られる成果の良し悪しに大きく影響するからです。
インタビュー対象のモニターを選別するための事前調査をスクリーニング調査といい、アンケートにより実施します。スクリーニング調査での選別において重要なポイントは二つあり、ひとつが行動の実態が思考を深掘りしたい対象ユーザーの条件に近いこと、もうひとつがその行動への関与がほどよく積極的であることです。
デプスインタビューで獲得したいのは、ユーザーの行動に至る思考の理解なので、そもそも行動の実態が合っていないと調査になりません。あるコーヒーチェーンの利用実態と、その行動に至る思考の理解が調査目的であれば、利用経験のあるユーザーが前提となります。また、たとえよく利用するユーザーだとしても、家の近くにあるからというのが行動理由であれば、行動に至る多様な思考を獲得することができません。一方で、そのコーヒーチェーンの大ファンで関与が積極的すぎるユーザーも、思考の特異性が強く参考にならないことがあります。それらを考慮し、うまく行動実態や思考を抽出できるようなアンケートの設計が必要となります。
なお、対象ユーザーの行動実態や思考を明確にするために、まずはペルソナを描くことを推奨している場合があります。ペルソナ(Persona)とは、商品やサービスの対象ユーザーの典型的な人物像のことで、 氏名・性別・年齢・居住地・職業・収入・価値観・ライフスタイルなどの細かな属性を具体的に定義したものです。マーケティングやUXデザインのプロセスでよく用いられ、そこに関与する利害関係者の間で、自分たちの商品やサービスの対象ユーザーがどんな人かの共通理解を得ることが主な利用目的となります。
UXリサーチはUXデザインのプロセスの一環でもあるため、ペルソナをもとにモニターをスクリーニングするという考え方は合理性があります。一方で、モニターは一般生活者と違い母数が圧倒的に少ないため、ペルソナにぴったり当てはまる人に出会えることはまずありません。あまりそこに固執するとモニターを選べなくなりますので、上記の二つのポイントを優先してしっかり抑えることをおすすめします。
次回は、三つ目の調査手法であるエスノグラフィと、そのひとつであるユーザーテストについて解説します。
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須川 敦史
UX&データスペシャリスト
クロスハック 代表 / uxmeetsdata.com 編集長