UXリサーチ入門 #01

行動データでは思考を理解できない。

モバイルアプリのアクセスログや店舗での購買履歴など、あらゆるユーザー行動がデータ化されています。今後は5GやIoTの普及により、生体データや撮影データなどが集約され、さらにビッグデータ化されていくことでしょう。ユーザーの行動データから、購買の意思決定プロセスを把握したい、あるいは、思いもよらないニーズを発見したい。多くのマーケターやビジネスパーソンにとって、それはデータ活用におけるもっとも重要な関心ごとのひとつです。

あるコンテンツXの閲覧(事象X)と、ある商品Yの購買(事象Y)には、強い共起性があるから、事象Yの意思決定に事象Xがなんらか関与している可能性が高いのではないか。そのような分析はよく行われることと思います。購買という結果につながる原因がわかれば、さらなる購買向上にむけた対策を講じることが可能となります。二つの事象間の因果関係を明らかにする考え方や手法には因果推論(Causal Inference)1)いまさら聞けない因果推論ベイズ推定(Bayesian Inference)2)いまさら聞けないベイズ推定などがあります。

一人ひとりの行動データをミクロ視点で観察し、時系列に追うことで、ユーザーの意思決定プロセスの理解や発見が進むことがあります。クロスハックではこれをデータエスノグラフィ(Data Ethnography)3)データエスノグラフィって?と呼んでおり、「データエスノグラフィ入門」でその実践方法を紹介しました。一方で、「データエスノグラフィって?」でも触れたとおり、行動データの観察や分析には欠点があります。それは、行動は思考の結果にすぎず、なぜその行動に至ったかの思考を理解することができないという点です。

聞くか、類推するか。

その行動に至る思考の理解には、本人に聞くか、経験から類推するほかありません。パターンランゲージ(Pattern Language)4)パターンランゲージって?ように、ユーザーの意思決定プロセスが、いくつかの思考と行動の集合によって構成されているとすれば、行動から思考を類推できる可能性があります。

たとえば、あるECサイトで同じワイシャツの色違いを三着同時に買ったユーザーがいたとします。この時点では、色違いを着回ししたいという思考が想像されます。ただ、その後二着を返品したとすると、実際の色を確認して選びたいという思考が浮かび上がります。こういった思考と行動の集合をパターンランゲージとして捉えていく、ということです。とはいえ、膨大な知識ベース(Knowledge Base)が必要であり、また未知のものに対しては機能しません。

そこでやはり本人に聞く、すなわちユーザー調査(User Research)が現実的な手段となります。ユーザー調査としてより一般的なのはマーケティングリサーチ(Marketing Research)ですが、こちらはユーザーの要求や意見の獲得を目的としています。一方で、ユーザーの行動や体験の実態把握、またそれに至る思考の理解を目的とした調査をUXリサーチ(UX Research)といいます。なおUXリサーチの目的をインサイト(Insight)の把握とする説明も見かけますが、あいまいで何を意味するのかがわからないため、ここではその言葉は使用しません。

思考理解のための質的データ獲得。

UXリサーチには、アンケートインタビューエスノグラフィの三つの手法があります。

アンケート(Enquete)は、一括質問形式により回答データを収集する調査手法です。多人数に対して実施可能である反面、回答内容に応じた質問内容の追加や変更が事前に設計した範囲でしか行うことができないという欠点があります。なお、マーケティングリサーチでは「どのくらい満足したか」などの量的データ(Quantitative Data)を重視するのに対し、UXリサーチでは「なぜ満足したのか」などの質的データ(Qualitative Data)を重視します。

インタビュー(Interview)は、モデレーターがモニターに対して順次質問する対話形式により、要求・意見・思考などを引き出す調査手法です。少人数に対してのみ実施可能である反面、回答内容に応じて臨機応変に質問内容の追加や変更が可能です。なお、マーケティングリサーチでは複数のモニターで行うグループインタビュー(Group Interview)をよく用いるのに対し、UXリサーチではモニターと一対一で行うデプスインタビュー(Depth Interview)をよく用います。

エスノグラフィ(Ethnography)は、調査対象の商品・サービス・ウェブサイト・アプリなどを実際に利用してもらい、その行動や発話を観察しながら、ユーザーの実態を把握する調査手法です。また必要に応じて質問を行い、要求や意見あるいはその行動に至る思考のプロセスを把握します。なお、マーケティングリサーチでは要求獲得のために実施するのに対し、UXリサーチでは思考理解のために実施します。

  UXリサーチ マーケティングリサーチ
アンケート 質的データ重視 量的データ重視
インタビュー デプスインタビュー中心 グループインタビュー中心
エスノグラフィ 思考理解のために実施 要求獲得のために実施

UXリサーチではユーザーテスト(User Test)もよく用いますが、これはエスノグラフィの一つです。エスノグラフィが調査対象の商品・サービスの利用現場で実施されるのに対し、ユーザーテストはインタビュールームなどで再現した擬似環境で実施されます。

また、アンケートはオンラインでの実施が基本ですが、これは対面での実施に特に利点がなく、オンラインが圧倒的に効率的であるためです。一方で、インタビューとエスノグラフィは対面での実施が基本ですが、これはモデレーターとモニターの対話が中心となるためです。ただし最近では、ビデオチャットによりオンラインでの実施を可能とする調査サービス・ツールも登場しており、コストや地理的な利点から活用ケースが増えつつあります。

なおUXリサーチでは、これらの調査手法を目的や状況に応じて個別に、あるいは組み合わせて使い分けることが重要となります。次回以降で、各調査手法の詳細と、組み合わせた活用方法について解説していきます。

脚注   [ + ]