意思決定プロセスを把握したい。
ユーザーの行動データから、購買の意思決定プロセスを把握したい、あるいは、思いもよらないニーズを発見したい。多くのマーケターやビジネスパーソンにとって、それはデータ活用におけるもっとも重要な関心ごとのひとつでしょう。
あるコンテンツXの閲覧(事象X)と、ある商品Yの購買(事象Y)には、強い共起性があるから、事象Yの意思決定に事象Xがなんらか関与している可能性が高いのではないか。そのような分析はよく行われることと思います。
一方で、事象Xと事象Yの因果関係の説明は難しい問題です。事象Xによる気持ちの変化があったから事象Yにいたったのか、最初から事象Yが起こることは決まっていて、たまたま事象Xをしただけなのかが判別しづらいからです。
因果関係を説明するには、まず時間の関係を把握することが必要です。当たり前ですが、原因と結果の前後が入れ替わることはありません。また、事象Xと事象Yの間に大きな時間の隔たりがある場合は因果関係を説明しづらくなります。
加えて、事象Xが事象Yの発生に影響を与えていることも重要です。事象Xの有無に関わらず事象Yが起こるのであれば、因果関係は説明しづらくなります。アソシエーション分析1)アソシエーション分析とは(アソシエーション分析入門 #01)のリフト値は、この影響力の強さを示す指標として扱うことができます。また、A/Bテストで影響力を検証することもあるでしょう。
なお、因果関係を確率的に推論する手法として、A/Bテストの基本概念である因果推論(Causal Inference)2)いまさら聞けない因果推論や、条件付き確率に基づくベイズ推定(Bayesian Inference)3)いまさら聞けないベイス推定があります。
行動観察が理解や発見をうながす。
このように、行動データをマクロ視点で分析することで、ユーザーの意思決定プロセスをある程度は理解できます。一方で、一人ひとりの行動データをミクロ視点で観察し、時系列に追うことで、ユーザーの意思決定プロセスの理解や発見が進むことがあります。クロスハックではこれをデータエスノグラフィ(Data Ethnography)と呼んでいます。
エスノグラフィ(Ethnography)4)エスノグラフィとは(UXリサーチ入門 #03)とは、生活者のありのままの行動を観察することで、アンケートやインタビューからは得られない洞察や発見の獲得を目指す手法のことですが、これはそのデータ版と言えます。
ユーザーの行動をつぶさに観察することで、行動の実態が見えて来ます。あるコンテンツAを見た次の日に来店し、普段から買う商品Bと合わせて商品Cを買い、さらにそれ以降の来店では商品Bと商品Cを必ずセットで購買している、などの行動がとらえられれば、コンテンツAが商品Cの購買の要因になっているのではないかという仮説にたどり着きます。
仮説の発見をマクロ視点の分析で行うことをデータマイニング(Data Mining)5)再考するデータマイニングといいますが、なかなか難しいものです。そんなときに、このようなミクロ視点の観察が役に立ちます。
思考を理解するためには。
データエスノグラフィには、エスノグラフィにはない欠点が存在します。それは、行動は思考の結果にすぎず、なぜその行動に至ったかの思考を理解することができないという点です。思考を理解できなければ、再現性を高めることはできません。エスノグラフィでは、思考の理解をインタビューで補完できます。
データエスノグラフィで思考を理解するには、ユーザーに後追いでインタビューをするか、行動から思考を想像するしかありません。ただ、パターンランゲージ(Pattern Language)6)パターンランゲージって?ように、ユーザーの意思決定プロセスが、いくつかの思考と行動の集合によって構成されているとすれば、行動から思考を類推できる可能性があります。
たとえば、あるECサイトで同じワイシャツの色違いを三着同時に買ったユーザーがいたとします。この時点では、色違いを着回ししたいという思考が想像されます。ただ、その後二着を返品したとすると、実際の色を確認して選びたいという思考が浮かび上がります。こういった思考と行動の集合をパターンランゲージとして捉えていく、ということです。
またデータエスノグラフィは、ユーザーの意思決定プロセスの理解や発見に大変有効な手段ですが、大量のデータから観察すべきユーザーを見つけることは容易ではありません。そのためには、似たユーザーをセグメント(Segment)に分類し、観察すべきセグメントを選定するという手順を踏まえる必要があるものの、多くの時間と労力を要します。クロスハックではそれを支援するものとして、UXモデリング(UX Modeling)7)UXモデリングって?という、大量のデータからシンプルなユーザー行動モデルを取り出す技術を研究開発しています。
このような欠点と余白に、データエスノグラフィの学問としての面白さや可能性を感じます。データエスノグラフィに関する研究の状況や成果については、追ってお伝えしていきたいと思います。
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須川 敦史
UX&データスペシャリスト
クロスハック 代表 / uxmeetsdata.com 編集長
脚注
1. | ↑ | アソシエーション分析とは(アソシエーション分析入門 #01) |
2. | ↑ | いまさら聞けない因果推論 |
3. | ↑ | いまさら聞けないベイス推定 |
4. | ↑ | エスノグラフィとは(UXリサーチ入門 #03) |
5. | ↑ | 再考するデータマイニング |
6. | ↑ | パターンランゲージって? |
7. | ↑ | UXモデリングって? |