行動デザインって?

ヒトの行動を意図的に変える。

社会の多くの問題は、ヒトの行動によって引き起こされています。例えば、肥満率は経済発展とともに上昇することが知られていますが、これはひとりひとりの「食べ過ぎ」や「運動不足」という行動や習慣が積み上げられた結果です。

肥満はいまや世界を脅かす社会問題です。2017年にスウェーデンのストックホルムで開催された学会「EAT ストックホルム フード フォーラム」での発表によると、世界人口の10%以上が肥満で、33%が過体重となっており、また肥満人口は調査が開始された1980年に比べて、73か国で2倍以上に急増、それ以外の国でも増加が目立っているとのことです。

肥満は、あらゆる成人病の主要因のひとつであり、医療費の増大にもつながっています。成人病患者を救う医療技術は日々進化していますが、コストがかかり過ぎます。それよりも、肥満になることを防ぐほうが経済合理性は高そうです。

肥満率の上昇がヒトの行動の積み重ねの結果だとするならば、逆に言えば、ヒトの行動を意図的に変えることができれば、肥満率の上昇を抑えられることになります。とはいえ簡単なことではありません。

ピアノの階段。

ヒトの行動を意図的に変えるとは、どういうことでしょうか。有名な事例として「ピアノの階段」があります。これは2009年にスウェーデンのストックホルムのとある地下鉄駅の構内で行われた実証実験で、駅の利用者にエスカレーターではなく階段を使ってもらうにはどのようにすればいいか、という問いに対する解決策として提案されたものです。

出典:ナリナリ ドットコム

こちらの写真のように階段をピアノの鍵盤に見立てて、階段を上がると音が奏でられるようにしたところ、普段より66%も多くの人がエスカレーターではなく階段を利用したということです。

この実証実験を仕掛けたのは、自動車メーカーのフォルクスワーゲンで、同社が提唱するファン・セオリー(Fun Theory)というプロジェクトの一環として行われました。ファン・セオリーは「楽しさ」こそが人々の行動を変える一番シンプルで簡単な方法だ、という考え方です。

この「ピアノの階段」は、ストックホルムの事例にとどまらず、アメリカのハリウッドやイタリアのミラノ、中国の杭州、韓国のソウルなど世界中に拡散しました。日本でもJR岐阜駅の駅ビル内に「ドレミ階段」として2012年に設置されています。また最近では、登った段数分の消費カロリーが表示された階段も増えてきています。

出典:京都市交通局

このように、なんらかの問題解決のためにヒトの行動や習慣を変えるよう意図的に仕向ける企てのことを行動デザイン(Behavior Design)といいます。

目的の二重性。

行動デザインの基本思想は、さまざまな分野で研究あるいは応用されています。ゲーミフィケーション(Gamification)はその代表例でしょう。これは、ゲームの「ハマる」仕組みを非エンタテイメント領域に応用し、ユーザーの行動を変化させる考え方で、調査会社のガートナーによって提唱されました。すでに様々なビジネスや教育の現場で活用されています。

経済学の分野では、2017年のノーベル経済学賞の受賞者で、行動経済学の権威である、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が提唱したナッジ理論(Nudge Theory)1)いまさら聞けないナッジ理論があります。ナッジ(Nudge)は直訳すると「ヒジでちょんと突く」という意味で、ナッジ理論は、小さなきっかけを与えることで人々の行動を変える戦略理論です。

ナッジ理論の有名な事例として「トイレのハエ」があります。オランダのアムステルダムのスキポール空港にある男子トイレの小便器に描かれたハエの絵は、利用者の「標的に命中させたい」という心理を喚起することで尿の飛散を抑制し、清掃費を80%削減させたと報告されています。

出典:Mini Post from England

ナッジ理論と近い研究分野として、大阪大学の松村真宏教授が提唱する仕掛学(Shikakeology)2)仕掛学って?があります。仕掛学では、公平性(Fairness)誘引性(Attractiveness)目的の二重性(Duality of purpose)の三つの要件をすべて満たすものを、問題解決につながる行動を誘う「仕掛け」と定義し、それら三つの要件を頭文字をとってFAD要件と呼んでいます。とりわけ目的の二重性は行動デザインの本質をうまく説明しており、行動の変化を仕向ける側の目的(問題を解決したい)と、仕向けられる側の目的(その行動をしたい)が並立していることを意味しています。

行動デザインは、問題解決のために利用者の体験をデザインするという意味においてはUXデザイン(UX Design)のひとつですが、目的の二重性を持つ点がその特異性を示しているといえます。

脚注   [ + ]