松村先生の仕掛楽 #01

人を笑顔にする仕掛け。

本メディアのテーマである「UXとデータによる価値創発」に関わる領域で先駆的な取り組みをされている専門家の方々を、uxmeetsdata.com編集部の中路(ナカジ)が訪ねる本企画。

今回は、大阪大学大学院経済学研究科教授の松村真宏(マツムラナオヒロ)先生にお話を伺いました。松村先生は、仕掛学(Shikakeology)1)仕掛学って?という学問を創出し、日常にひっそりと隠れている仕掛け(Shikake)を問題解決の手段として体系立てた、この領域の先駆者です。

もともとはAI研究者であった松村先生が、どのような問題意識から仕掛けというアプローチに至ったのか、そして”人を笑顔にする良い仕掛け“を生み出す極意はどのようなものかについて語ってもらいました。

データでは本質がわからない。

中路:まずは松村先生の研究テーマについて、これまでの経緯と合わせて教えてください。

松村:もともとは漠然と人工知能(Artificial Intelligence:AI)をやりたいと思っていて、当時AIの研究をされていた大澤先生2)大澤先生のデータ戯れ学のいる研究室を選びました。研究テーマは、修士までは検索エンジン(Search Engine)でしたが、博士課程でソーシャルメディア(Social Media)へと移りました。具体的には、Yahoo!掲示板や2ちゃんねるなどの掲示板サイトのデータを用いて、どのような話が、どのように伝播するのか、またその影響力などについて研究していました。それは刺激的で楽しかったのですが、一方で生涯の研究テーマなのかという違和感もありました。

中路:その違和感とは、どのようなものだったのでしょう?

松村ひとつの側面しか捉えていないデータでは、本質的なことはわからないということです。人は、色々な人格を使い分けています。例えば、Yahoo!掲示板での発言データは、その人の人格のある側面でしかなく、それだけでその人の本質を捉えることはできません。

当時、社会心理学の分野の先生ともお話をしていて、人を対象としたデータの取り扱いの難しさや限界を感じ、何か違う方面に行きたいと考えていました。そんなおり、2012年にサバティカルという長期休暇を取得し、スタンフォード大学で研究をする機会を得ました。そこで今の研究テーマである仕掛学に本格的に取り組み始めたわけです。スタンフォード大学は挑戦的な研究テーマに対して理解のある大学で、デザインスクールの先生方や学生たちと人の行動について様々な側面から議論することができました。

そのあと日本に帰国し、それまでの研究成果を『仕掛学―人を動かすアイデアのつくり方』という本にまとめて2016年に出版しました。それが一部のマスコミやメディアに取り上げられ、企業や一般に認知が広まっていったわけです。

仕掛けとは人の行動を変える仕組み。

中路:仕掛学とはどのような学問でしょうか?

松村:仕掛学(Shikakeology)は、人の行動を変える”仕掛け“を研究する学問です。仕掛けと聞くと罠のような悪いイメージがあるかもしれませんが、仕掛学では世の中のたくさんの仕掛けの中から良い仕掛けを定義しています。具体的には公平性(Fairness)誘引性(Attractiveness)目的の二重性(Duality of purpose)の三つを満たすものです。

公平性(Fairness)は、仕掛けによって誰も不利益を被らないことです。人を騙したり不快にするものは仕掛けではないことになります。

誘引性(Attractiveness)は、行動を誘うという仕掛けの性質のことです。行動の変化を強要するものは仕掛けではないことになります。仕掛けが行動の選択肢を増やすもので、かつ自らの意思で選択できることが前提となります。

目的の二重性(Duality of purpose)は、仕掛ける側の目的(問題を解決したい)と仕掛けられる側の目的(その行動をしたい)が異なることです。目的が一致するものは仕掛けではないことになります。

簡単に言うと、仕掛ける側も仕掛けられる側も”笑顔になる“とか”幸せになれる“仕掛けを指します。”人を欺く“とか”行動を強要する“仕掛けは対象としていません。

また、企業とのコラボレーションを積極的に行っています。最近では、今年の7月30日から8月5日の期間限定で、JR西日本グループと「大阪環状線総選挙」を実施しました。これは「あなたの好きな大阪環状線のアフター5の行き先は福島駅?それとも天満駅?」という問いに対して、階段を登ることで投票できるという仕掛けです。

本来の目的は、混雑や問題発生の要因となるエスカレーターの利用を減らし、階段の利用を促進したいというJR西日本グループが抱える課題の解決することでした。仕掛けの定義で説明すると、仕掛ける側の目的は階段の利用促進仕掛けられる側の目的は選挙への投票や投票結果を見ることであり、双方の目的が異なる、すなわち目的の二重性があることがわかります。また、誰の不利益もなく行動も強要ではなく自然に誘引されています。

大阪環状線総選挙
出典:JR西日本

中路:このような企業とのコラボレーションによる大きなイベントが多いのでしょうか?

松村:企業とのコラボレーションも多数ありますが、大学の中や、大学の近くの商店街の中でもたくさん仕掛けの実験を行なっています。商店街のある通りを歩くと、研究目的で実施した仕掛けを五つ発見した、ということも少なくありません。学期末はゼミの発表会があるので、学生が新しい仕掛けを仕込んでいる姿が見られます。発表では、良い仕掛けが予想通りの結果をもたらしたものもあれば、想定外のことが起きたものもありますね。


脚注   [ + ]