松村先生の仕掛楽 #02

想定通りにはいかない難しさ。

中路:良い仕掛けをつくる上で、難しい点はどこでしょうか?

松村:仕掛ける前には考えていなかった想定外のことが起こることです。そこで、これを回避するために予備実験(Preliminary Experiment)を行います。事前に仕掛けを検証し、仕掛けに問題がないか、想定外のことが発生しないか、期待どおりの効果が出そうか、などを確認します。ちなみに、総選挙では予備実験をすることができませんでしたが…。

中路:仕掛けの結果の検証や評価は厳格に行なっているのでしょうか。もともとAIの研究をされていたこともあり、データ分析は得意分野かと思いますが、具体的にどのようなことを行っているのでしょう。

松村:仕掛けの結果の検証でデータ分析はしますが、特別なことはしません。基本的にはすべて目視でデータ収集をします。どのような人がどのような反応をしているのか、そのときの表情はどういった様子なのか、といったことを定量化します。統計的な処理を行って仕掛けの効果を検証しますが、何より重視しているのは表情です。みんなが笑顔であれば大成功だと言えるでしょう。逆に怒っている人がいれば失敗です。

仕掛けの効果を正しく評価するためには、何をどのような観点で観察すべきかをあらかじめ議論し、漏れなく準備しておく必要があります。いったん仕掛けがスタートすると、後から観察したいことが見つかっても軌道修正することは難しいですからね。

中路:総選挙では予備実験ができなかったとのことですが、仕掛けがスタートした後に気づいたことはありますか?

松村:三つありました。ひとつ目は、気温による人の行動の変化です。実験期間中はそれ以前と比べて平均気温が5℃も上昇していました。気温が上がると、エスカレーターの利用率も上がると言われています。幸いにも実験期間後の平均気温がそれほど変わらず事なきを得ましたが、肝を冷やしました。

二つ目は、メディアの撮影用カメラにより階段を利用できない時間が発生してしまったことです。これはコントロールが非常に難しいケースかと思います。

三つ目は、第三の選択肢を与えてしまったことです。「アフター5の行き先は福島駅?それとも天満駅?」というように階段に二つの選択肢を持たせたわけですが、その二つから選べない、あるいはそれ以外を選択したい人に対して、エスカレーターの利用を選択する”逆の理由づけ“をしてしまったということです。

大阪環状線総選挙
出典:JR西日本

ただ、このような想定外をすべて事前に気づくことは難しいため、仕掛学を市民科学(Citizen Science)にすることが重要だと考えています。

中路:確かに、先人の知恵があると仕掛けの精度をより高められますね。さらに成果の観点でいうと、ひとつ一つの仕掛けの成果は小さくとも、それが広まることで大きな成果につながると思うのですが、その辺りの狙いはありますか?

松村:まさにそこが、仕掛学を市民科学にする大きな意味や価値になると思います。研究者が仕掛けの実験をして終わるのではなく、みんなが仕掛けの実験に参画し、成功や失敗の経験を共有できるようにしたい。そのために過去の仕掛けの内容は公開していますし、多くの人が仕掛けを考える際に有効活用してもらいたいと考えています。

まずは良い仕掛けを学ぶことから。

中路:仕掛学を市民科学に育てる上で大切なことは何でしょうか?

松村:良い仕掛けと悪い仕掛けの大きな違いである、誰もが不利益を被らない公平性と、仕掛ける側と仕掛けられる側の目的が異なる目的の二重性に、その答えがあると考えています。

仕掛けられた側が「あぁ、騙された!もう二度と騙されないぞ!」と思ってしまえば、それは良い仕掛けではありません。仕掛けられる側が、仕掛ける側の目的を理解し、なおかつ「楽しいからやろう!」と参加してくれる仕掛けは、おのずと広がっていくと思います。また、そのような良い仕掛けがたくさんある社会は、きっと素敵なものになると信じています。

中路:良い仕掛けを集める上でお手本となる業界や分野はありますか?

松村:教育現場は良い仕掛けの宝庫です。優れた先生は、試行錯誤の末に獲得した、子供たちのやる気を引き出す独自の仕掛けを持っています。教科書をそのまま読むのではなくクイズ形式にしたり、外に出て実際のものに触れてみたり。生徒をワクワクさせる良い仕掛けをたくさん持っているわけです。これらを集めて、課題解決に活かす仕組みを作りたいと考えています。

また、良い仕掛けを見つけるには”遊び心“が必要です。例えばゴミ箱ひとつにしても、「ゴミはゴミ箱に入れましょう」と張り紙をしたところで、残念ながらポイ捨てをする人はいるわけです。仕掛けは、やってみたいと思わせたら勝ちです。ゴミを入れることを目的にするのではなく、バスケットゴールに入れて快感を得るという、まったく別の”楽しい“目的を与えることで、ゴミの回収率を高めることはできるのです。

中路:人の行動を促す枠組みといえばナッジ(nudge)もありますが、仕掛学との違いはどこにありますか?

松村:どちらも新しい選択肢を与えて行動を促す点は同じですが、ナッジは無自覚的に選択し、仕掛けは自覚的に選択するという点が決定的な違いです。すなわち、仕掛けられる側が自身の選択を意識しているかどうかの違いです。

無意識的に選択をした場合、その行動を強要されたものとして反感(Back Fire)を生む可能性があります。これはナッジが抱える問題点です。一方で仕掛学では、自分が意識的に選択をするため、反感を生むことはありません。

また、仕掛学をマーケティングに利用したいという声もありますが、商品やサービスの認知獲得までは仕掛学の範囲であると考えています。購買までを目的にすると「買わされた」という反感を生む可能性があるからです。

中路:なるほど。他にはどのような注意点がありますか?

松村:「魔法陣を地面に書くと、人の行動にどのような変化が現れるか」という実験を、以前に大学内で行なったことがあります。人がたむろすることを防ぐことを目的とした仕掛けでしたが、その目的を理解せず、愉快犯的に模倣する人が現れました。これを予め想定して排除することは難しいのですが、仕掛けられる側の立場で、その仕掛けをどのように受け止めるかを考えておくことが大切だということです。

中路:仕掛けられる側の立場で考えるとは、具体的にどのようなことでしょうか。

松村:真実の口の中にアルコール消毒器を仕込んだ仕掛けを病院で実施するにあたり、注意書きを大きく記載するなどの工夫を行いました。アルコール過敏症の方に向けた配慮です。

楽しい経験がよい仕掛けを生む。

中路:良い仕掛けを生むコツはありますか?

松村:アイデアを出すプロセスは試行錯誤していますが、これという解はなさそうです。アイデアの発想法としては、オズボーンのチェックリストやIDEO社のデザイン思考(Design Thinking)などの手法がありますが、それで必ず良い仕掛けが生み出されるわけではありません。

仕掛けのポイントは”目的の二重性“で、仕掛けられた側の目的を作る必要があるのですが、アイデアの発想法だけではそれを生み出すに至らないことが多い。そこで利用するのが類推(Analogy)という手法です。

仕掛けられた側の”楽しい“目的を作るには、その人が過去にそれを楽しんだ経験があるかどうかが重要です。バスケットゴール付のゴミ箱の例でいうと、ボールをゴールに入れる”楽しい“経験が、総選挙の例でいうと、投票によって自分の意見を他の人と比較する”楽しい“経験があるからこそやってみたいと思うわけです。ライオンの口の例でいうと、ローマの休日の真実の口を知っていれば、やりたい気持ちはより高まるでしょう。このように、過去の経験を上手く紐づけて、体験したいという欲望(Desire)を作りだすことが、強力な誘引を持つ仕掛けの創出につながります。

中路:最後に、松村先生の今までの研究から導き出されたメッセージを一言で教えてください。

松村:ひとことで言うと「仕掛けは人の興味や関心を具現化したもの」です。

良い仕掛けを思いついたとしても、実際に試してみると想定外のことが起きることは多々あります。そんな時でも、軌道修正を厭わず、試行錯誤を楽しむことが大切であり、それが仕掛けられた側の笑顔につながります。

良い仕掛けは、ただ問題を解決するのではなく、人の行動を変えて笑顔にしてくれます。仕掛学(Shikakeology)が、仕掛楽(Shikakenjoy)という楽しい問題解決の一つの方法として多くの人に広まり、世の中に良い仕掛けがたくさん生まれ、共有される社会になることを願っています。