いまさら聞けないグロースハック

スタートアップにはグロースハック。

グロースハックという言葉は、ここ日本でも2013年ごろから、とりわけネットビジネスの世界を中心に使われていますが、もともとはシリコンバレーで生まれたものです。

ところで、この言葉を聞いてイメージするものは何でしょうか。成功事例として有名なTwitterDropboxでしょうか。代表的なフレームワークのAARRRモデル1)AARRRモデルでしょうか。あるいは、ひたすらA/Bテストをしてユーザーインターフェース(User Interface:UI)を改善することでしょうか。おそらく人によって異なりますし、日本ではその定義があいまいであるがゆえに定着していないとも言われています。そこで、グロースハックの本質を、従来型マーケティングやカイゼンとの違いから説明してみようと思います。

グロースハックの生みの親は、初期のDropboxを成長に導いたことで知られるショーン・エリスであり、2010年6月に投稿された記事「Find a Growth Hacker for Your Startup」(訳:スタートアップするにはグロースハッカーを見つけよう)でグロースハッカー(Growth Hacker)という言葉が使われたことが始まりだと言われています。

この記事では、グロースハッカーとは何か、そして求める資質とスキルについて言及し、スタートアップの成長には欠かせない人材として、従来型マーケティングに精通したマーケターではなく、グロースハッカーを採用すべきであると推奨しています。では、グロースハックと従来型マーケティングの違いはどこにあるのでしょうか。

従来型マーケティングとの違い。

それにはまず、マーケティング(Marketing)とは何かという問いへの答えが必要です。端的にいえば、自動的に売れる仕組みを作ることであり、その究極の目的と目標はセリング(Saling)をなくすことにあります。ビジネス拡大にともない、セリングの効率性は相対的に下がり、マーケティングの重要性が上がります。

では従来型マーケティングとは何か、また、そこからどのような変化が起きているのでしょうか。ここでは三つのポイントで整理します。

  • マスから1to1へ。
  • マルチチャネルからオムニチャネルへ。
  • 勘と経験からデータ駆動型へ。

かつての大量生産・大量消費時代は、すべての人に、同じモノを、同じメッセージ・チャネル・タイミングで訴求する、マスマーケティングが主流でした。しかしながら、モノが満たされるにつれユーザーの価値観は多様化し、マスマーケティングはその有効性を失います。いまでは、生活者の価値観に合わせて最適化する1to1マーケティングが主流となりつつあります。

またITの進化により、情報収集・購買・決済の場(チャネル)も多様化しています。SNSで知った商品をそのままECサイトで買うこともできますし、店舗でモバイル決済することもできます。モバイルも店舗も、情報収集の場でもあり、同時に購買や決済の場でもあるわけです。もはや従来型の、商品をメディアで知って店舗で買うという図式は成立しません。それゆえ、チャネルを個別で捉えるマルチチャネル(Multi-Channel)から、全体で捉えるオムニチャネル(Omni-Channel)へと変化しています。

さらに、価値観や購買行動が多様化する中で、マーケターの勘と経験によるマーケティングでは立ち行かなくなっています。成功や失敗の結果につながる原因の変数が多変量化し、因果関係を直感的に捉えることが難しくなっているからです。因果関係がわからなければ、PDCAを回して成長に導くことができません。これによりデータ駆動型(Data-Driven)のマーケティングが求められるようになっています。

すなわち従来型マーケティングから、生活者の価値観に合わせて、購買に関わるあらゆる場を全体最適化する、データ駆動型のマーケティングへと変化しているということです。

またそれにはユーザーの体験全体を最適設計するUXデザイン(UX Design)と、その向上にむけたPDCAをデータに基づいて推進するデータサイエンス(Data Science)の両輪が必要です。その両輪を回すことで商品やサービスを成長させる活動こそがグロースハック(Growth Hack)です。

グロースとカイゼン。

リーンスタートアップ(Lean Startup)という手法があります。これは、時間とコストをかけず、スモールスタートあるいは不完全な状態でスタートし、PDCAを回しながら商品やサービスを成長させていく手法で、成功率が飛躍的に高まると言われています。変化や競争の激しいIT領域ではなおさらでしょう。

設備投資に限らず、人材投資も同じです。スタートアップではUXデザインとデータサイエンスのスキルを個別に持つ人材を多く抱えることはできません。さらに人の数が増えれば、コミュニケーションコストが上昇し、スピードが低下します。そのため、それらのスキルを兼ね備えたグロースハッカーが重要となるわけです。これは大企業においても、まったく新しい商品やサービスを投入する場合は同じです。

ところで、PDCAを回しながら成長させる手法や活動にカイゼン(Kaizen)がありますが、これとはどう違うのでしょうか。カイゼンはご存知のとおりトヨタ自動車が開発した手法で、すでに成熟したものをより良くする、あるいは効率化するものです。合理的に細分化・分業化されたそれぞれの部分や役割を個別最適化し、その集積によって全体の成果の最大化を目指すものであるため、未成熟なものを全体最適により成長させるグロースハックとは根本的に異なります

広告のA/Bテストをしてクリック率を上げるような個別最適の取り組みをグロースハックと呼んでいるケースもありますが、これはどちらかといえばカイゼンでしょう。グロースハックはあくまで全体最適を重視し、売上やユーザー数などの最終的な成功指標を上げることを目的とします。

  グロースハック カイゼン
成長ステージ 未成熟 成熟
最適化スコープ 全体最適 個別最適
成功指標 最終指標
※売上やユーザー数など
中間指標
※広告のクリック率など
役割分担 集約 分業

グロースハックやカイゼンの活動においてPDCAを回す際によく用いられる手法にA/Bテストがあります。これはアカデミアの世界でランダム化比較実験(Randomized Controlled Trial:RCT)と呼ばれるものと同じで、二つの事象間に因果関係があることを証明する手法です。結果を生む原因がわかれば、打ち手を講じることが可能となります。なお因果関係を明らかにする考え方や手法を因果推論(Causal Inference)2)いまさら聞けない因果推論といいます。

ちなみに最近ではグロースハックではなく、単にグロース(Growth)と呼ぶことも増えてきており、シリコンバレーでは「Head of Growth」や「Growth Lead」などの呼称の職種が登場しています。これはハック(Hack)が、ライフハックなどの言葉に使われるとおり「物事を効率的にするためのちょっとしたコツ」というニュワンスを持っているため、より広範な責任をもつ役割の呼称として相応しくないからかもしれません。一方で、グロースハックという役割の重要性が増していることの証左とも言えるでしょう。

脚注   [ + ]