物事の変化をデータで説明する。
本メディアのテーマである「UXとデータによる価値創発」に関わる領域で先駆的な取り組みをされている専門家の方々を、uxmeetsdata.com編集部の中路(ナカジ)が訪ねる本企画。
今回は、東京大学大学院システム創成学科教授の大澤幸生先生にお話を伺いました。大澤先生は、物事の変化をデータで説明することを基軸とし、チャンス発見学(Chance Discovery)やデータジャケット(Data Jacket)1)データジャケットって?などの学問・フレームワークを創出した、この領域の先駆者です。
“物事の変化をデータで説明する“とは何か、またなぜそれが求められているのか。ビッグデータやAIがバズワード化している現在、データに関わるすべての人が理解しておくべき極めて重要なこのテーマに入門するとともに、そのプロセスにおいて”いかにしてデータと戯れるか“を語ってもらいました。
なぜその事象は発生したのか。
中路:まずは大澤先生の研究テーマについて、これまでの経緯と合わせて教えてください。
大澤:卒論では自然言語処理でした。修士課程では光ファイバーを、博士課程では人工知能の研究室で仮説推論の研究をしてました。
仮説推論(Abduction)とは、観測事象などの目に見えて起きている物事の変化を説明する学問のことです。1990年代当時、今ほど脚光を浴びていなかった人工知能(Artificial Intelligence:AI)や機械学習の原理となる論理モデルを活用して仮説推論の研究を行なっていました。AIを観測事象を説明するための道具として活用していたわけですが、その時に感じていたのは、AIが新たな事象を説明するのは得意ではないということです。与えられた仮説の中でしか事象を説明できないAIにとって、物事の変化を説明する、すなわちなぜ(Why)を解き明かすことは全くできなかったのです。そこにAIの不完全性を感じましたし、その不完全性をどのように人が補うのか、ということが私の中で重要なテーマとなったわけです。
中路:新たな事象を説明するというのは、具体的にはどういうことでしょうか?
大澤:その事象が起こるメカニズムを説明することです。具体的な研究テーマからお話しすると、その発端は1995年1月に発生した阪神淡路大震災でした。観測データを既存の仮説から説明する仮説推論では、大震災のような滅多に起こらない事象を説明することはできません。そこで、発生頻度の低い事象を予測することはできないのか、という問題に強い興味を持ちました。
機械学習には、事象にある程度の頻度がないと学習ができないという問題があります。発生頻度の低い事象を説明するにはどのように立ち向かうべきかを考えました。そこで編み出したのがキーグラフ(KeyGraph)というアルゴリズムです。
中路:キーグラフを地震以外に活用した事例はどのようなものがありますか?
大澤:薬局の購買データをキーグラフによって可視化し、これから売れる商品の予測、すなわち需要予測に役立てようとしました。ところが、うまく予測することができなかったのです。なぜ地震の予兆を捉えることはできるのに、需要変化の予兆は捉えられないのか。私は人の介在が大きく絡んでると考えました。
マーケットには人が介在する。
中路:需要変化に人の介在が影響するというのは具体的にどういうことでしょうか?
大澤:マーケットは人で形成されています。ゆえに商品の購買の裏側には人が大きく介在しています。したがって、商品の需要変化には人の介在が影響しているわけです。地震予測と決定的に異なるのはその点です。
人の意思や価値観が間に入ると、なぜ(Why)を理解することが途端に難しくなります。そこで、購買データから需要予測をするのではなく、購買データを元に、購買の結果の事象と関連する情報の関係性を可視化することで、なぜ売れたのかという説明を得た上で次の戦略を立てる仕組みを作るという方向で研究を進めることを考えました。そうして誕生したのがチャンス発見学(Chance Discovery)という学問です。
中路:チャンス発見学について、詳しく教えてください。
大澤:チャンス発見学とは、事象や関連する情報を理解し、新しい価値を生み出すために活用するための考え方や仕組みの学問です。ある繊維メーカーにおいて、購買の事象とその周辺の情報要素をキーグラフを活用して可視化し、新商品を売るアイデアを創出することに成功しました。そして社会人の方々と協働してチャンス発見コンソーシアムを立ち上げ、キーグラフを活用したチャンス発見学をビジネス活用する方向で動きました。
中路:ビジネスにおけるデータ活用の重要性は、以前にも増して高まっている状況ですが、このチャンス発見学をビジネスに活かすことはできるのでしょうか。
大澤:チャンス発見学のビジネス活用においては一定の価値を提供できることがわかったわけですが、ひとつ大きな問題にぶつかりました。それはデータに抵抗のある人をどう巻き込んで新しい価値を創造するかというものです。
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中路 翔
プロジェクトマネジャー / システムアーキテクト
ネットイヤーグループ株式会社 / uxmeetsdata.com 編集員
脚注
1. | ↑ | データジャケットって? |