データ流通って?

データは資源。

2019年1月23日、スイスのチューリッヒで開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)にて安倍首相が演説し、データ流通に関する国際ルールの策定を提唱しました。データ流通をめぐっては、経済成長のために有益なデータを自由にやりとりできる環境の確保が欠かせない一方で、個人や機密に関する情報の漏洩をどう防ぐかなどの多くの課題があります。

ビッグデータ(Big Data)1)再考するビッグデータという言葉は2013年に流行して以来、広く使われています。日々大量のデータが生産されており、5GとIoTの普及でさらに加速することが予想されます。また時を同じくして、人工知能(Artificial Intelligence:AI)深層学習(Deep Learning)の技術が世間を賑わすようになりました。深層学習は大量の教師データを必要とする学習技術であり、ビッグデータの存在が実現に向かわせたと言っても過言ではありません。

しかしながらデータは、ヒト・モノ・カネなどの他の資源と同様に、流通しなければその価値を存分に発揮しません。そのデータを必要とする人や企業が効率的に探し出し、適切なコストで獲得できる状態が理想です。また、複数の異なるデータがかけ合わさることで、新しい価値を生み出す可能性もあります。データ流通(Data Trading)は、それを実現する環境やスキームをいいます。

データ取引の目的。

人や企業がデータ流通を通してデータ取引(Data Exchange)を行う目的は大きく二つあります。ひとつは取引そのものが目的で、それにより価値や収益を獲得するというもの。もうひとつは異なるデータをかけ合わせて新しい価値を生み出すことが目的で、データ取引はその手段にすぎないというものです。

前者は、すでにインターネット上にさまざまなプラットフォームが登場しており、とりわけマーケティング領域では、セカンドパーティーデータ(Second Party Data)サードパーティーデータ(Third Party Data)と呼ばれる他社保有のデータを購入することで、ファーストパーティーデータ(First Party Data)と呼ばれる自社保有のデータを補完する取り組みが盛んに行われています。最も典型的な活用ケースは顧客リストの拡張で、自社保有のデータにはない顧客層にリーチすることを目的としています。

後者は、データ駆動型イノベーション(Data-Driven Innovation)と呼ばれる、データを基軸としたイノベーションの創発には欠かせないものです。そして、データ取引そのものが目的の場合は、そのデータの価値や価格がわかる情報があれば取引が成立しますが、こちらの場合は、どのデータをどのようにかけ合わせれば、どのような新しい価値や活用法につながるか、というアイデアや議論が必要であり、そのための情報や環境が不可欠となります。

それを実現するフレームワークのひとつに、東京大学の大澤幸生教授が提唱するデータジャケット(Data Jacket)2)データジャケットって?があります。それは、データのメタ情報(概要情報)を提供する枠組みですが、そこにデータ紹介者の主観評価を加えることで、データ駆動型イノベーションを活性化する機能をもつことが特徴です。

データの第三者評価。

データ流通には、さまざまな課題があります。そのひとつが冒頭でもお話した、個人や機密に関する情報の漏洩をどう防ぐかという課題です。そもそもデータの中身がわからないと取引ができないわけですが、秘匿性の高いデータについては公開するわけにいきません。そのため、秘匿性を担保しつつデータの内容を伝える手段が必要です。データのメタ情報を提供するデータカタログ(Data Catalog)はその手段のひとつで、データ流通推進協議会(Data Trading Alliance、DTA)では「データカタログ作成ガイドライン」の取りまとめが進められています。

また個人情報については、個人情報保護法によりデータ流通が難しい状況でしたが、2017年の改正個人情報保護法の全面施行により、匿名加工情報制度が設置され、個人情報の取扱いよりも緩やかな規律のもとでのデータ流通が可能となりました。匿名加工情報とは、特定の個人の識別ができないように個人情報を加工し、かつ復元できないようにした情報をいいます。

データ寡占化によるロックイン(囲い込み)も大きな課題です。スマートフォンやクラウドサービスの普及にともない、クラウド上にデータが集約されやすい構造となり、かつAIの進化により高品質なデータの確保が競争優位を生みやすい状況の中で、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)を代表とする大手プラットフォーマーによるデータ寡占化が進むと、適切な競争が行われず、利用者にとって質の高いサービスが提供されなくなる可能性があります。

データをどう評価するのかという大きな課題もあります。データを取引するためには、価値を適切に評価し、価格を設定する必要があります。市場原理に基づくならば、価格は需要と供給のバランスによって決定されるわけですが、秘匿性の担保のためにデータそのものが公開されない場合、売り手と買い手の間に情報の非対称性が生じ、公正な取引が行われません。また、前述のような寡占状態であれば売り手の優位性がなおさら顕著になります。そこで、第三者による評価が重要になります。

データの第三者評価のアプローチには、データ取引を仲介する中立的な機関に委ねるものと、ソーシャルに委ねるものの二つがあります。前者については、エブリセンスジャパン株式会社や株式会社日本データ取引所によるデータ取引仲介サービスがあり、今後の発展が期待されます。後者については、前述のデータジャケットのような枠組みが、データカタログのメタ情報提供の役割を超えて、不特定多数のデータ利用経験者による主観評価が加わることで、第三者評価としての機能をもつ可能性があると言えます。ECサイトのカスタマーレビューのような機能といったほうがわかりやすいかもしれません。

このようにデータ流通には多くの課題があり、またその解決に向けたさまざまな取り組みが行われています。より豊かな社会や生活を実現し、経済成長をしていくためにも、データという資源をいかに適切に流通させるかは極めて重要な問いであり、これからも注目していく必要があります。

脚注   [ + ]